本文へスキップ

戦国武将

福島正則

豊臣秀吉の配下の中でも屈指の猛将として名を馳せ「福島正則」。賤ヶ岳の合戦では「七本槍」の中でも一番槍として活躍し、見事に敵将を討ち取るという戦功を挙げている。この他の合戦でも数々の武功を挙げており、1595年には尾張にある清州城付近24万石の所領を与えられている。

スポンサーリンク

詳細情報

  • 生没年:1561年?月?日〜1624年7月13日(永禄4〜寛永1)
  • 出身地:尾張国(愛知県)
  • 肩書き:武将
  • 通称:左衛門大夫、清州侍従
  • 幼名:市松
  • 官位:従五位下、左衛門権少将、参議
  • 享年:64歳

年表

  • 1561年:尾張国(愛知県)に生まれる
  • 1578年:羽柴秀吉に仕える
  • 1583年:賤ヶ岳の合戦で「七本槍」の一人として活躍
  • 1592年:文禄の役に参戦
  • 1600年:関ヶ原の合戦で東軍として参戦
  • 1624年:信濃国で病死

福島正則肖像画

福島正則

スポンサーリンク

スマートフォン版

こちらのQRコードを読み取ることでアクセスできます
サイト内検索
戦国時代の武将とは
戦国武将とは、応仁元年(1467年)に戦国時代の幕開けのきっかけとなった大乱である応仁の乱が勃発してから、元和元年(1615年)の大阪夏の陣で摂津大阪城が落城するまでの約一世紀半の間に、武力・知力・財力などを用い、その名を天下に知らしめた武将のことです。
公式Twitter
戦国武将一覧
尾張の風雲児「織田信長
日本一の出世男「豊臣秀吉
江戸幕府初代将軍「徳川家康
戦国屈指の名将「武田信玄
軍神「上杉謙信
東北最大の英雄「伊達政宗
戦国屈指の智将「毛利元就
天下の傾奇者「前田慶次
秀吉が絶賛した武将「直江兼続
四国統一の猛将「長宗我部元親
本能寺の変の主謀者「明智光秀
戦国最強の武将「本多忠勝
織田四天王の一人「柴田勝家
武田軍の伝説的軍師「山本勘助
戦国屈指の戦術家「島津義久
豊臣が誇る名軍師「黒田官兵衛