東軍総大将『細川勝元』
応仁の乱において東軍総大将を務めた「細川勝元」。
細川家は足利家に連なる名門で、細川勝元は20年以上にわたって幕府の中枢で絶大な権力を振るった戦国時代屈指のエリート武将である。
詳細情報
- 生没年:1430年?月?日〜1473年5月11日(永亭2〜文明5)
- 出身地:摂津国(大阪府)
- 肩書き:武将
- 別名:六郎
- 幼名:聡明丸
- 官位:従五位下、右京大夫、武蔵守、従四位下
- 享年:44年
年表
- 1430年:摂津国に生まれる
- 1422年:家督を相続する
- 1445年:管領に就任
- 1449年:管領を辞任
- 1452年:2度目の管領に就任
- 1464年:2度目の管領の辞任
- 1467年:「応仁の乱」が起きる
- 1468年:3度目の管領に就任
- 1472年:西軍総大将山名宗全との和平交渉が決裂
- 1473年:応仁の乱の陣中で病死
細川勝元肖像画
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