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戦国武将

川中島の合戦

川中島の合戦は武田信玄と上杉謙信との戦いであり、合計して5回も行われた。その中で最も華々しい合戦が4回目の遭遇戦である。この遭遇戦では戦国史の中でも稀な大激戦の一つであり、勝敗こそつかなかったものの両軍におびただしい数の犠牲者が出た。そんな川中島の合戦のきっかけとなった人物は村上義清であった。信玄に次第に領土を奪われていった義清は、越後にいた謙信に助けを求め、それに応じた謙信が義清の代わりに信玄を討とうと決意したのだ。ちなみに、織田信長が桶狭間の合戦で今川義元を討ち取ったのは、4回目の川中島の合戦である遭遇戦の1年前のことであった。

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詳細情報

  • 川中島の合戦:「武田信玄」対「上杉謙信」
  • 勃発日:1561年9月10日
  • 主戦場:信濃国八幡原
  • 戦闘期間:一日(第四次川中島の合戦:遭遇戦)
  • 勝敗:引き分け
  • 兵力:武田軍(2,0000)に対して上杉軍(16,000)
  • 武田軍参戦武将:武田信玄、飯富虎昌、小山田信茂、山本勘助、跡部勝資、穴山梅雪、高坂弾正、内藤昌豊、馬場信房、武田信繁、・・・
  • 上杉軍参戦武将:上杉謙信、村上義清、長尾政景、色部勝長、宇佐美定満、北条高広、高梨政頼、斉藤朝信、志田義時、中条藤資、・・・

川中島の合戦

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戦国時代の武将とは
戦国武将とは、応仁元年(1467年)に戦国時代の幕開けのきっかけとなった大乱である応仁の乱が勃発してから、元和元年(1615年)の大阪夏の陣で摂津大阪城が落城するまでの約一世紀半の間に、武力・知力・財力などを用い、その名を天下に知らしめた武将のことです。
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